はじき銀舎の地味日記

地味な生活を送る、冴えない男の日記

大人になる

熱帯夜。

暗くなった空でもカラッとした窓の外とは正反対に、僕の心の中には靄が立ち込めていた。

 

 

その原因は、スマホに映る高校時代の同級生男子からの着信履歴。

あまりに唐突で、思わず「え⁉︎」と声が出る。連絡がくるのは大学生以来か。となると7〜8年ぶりだろうか。

 

 

その通知を目にした僕には嫌な予感しかなかった。

 

 

 

一言でいえば、高校生当時の彼はいじり役で僕はいじられ役。いじめられていた訳ではないが、あまり良い印象はない。

 

いわゆる"陰キャ"の僕は、クラスの一軍にいた彼には遠く及ばないポジションにいた。当時は現在ほど陰キャ度は強くなかったかもしれないが。

 

 

そんな彼が急に電話をかけてくるなんて何か思惑があるに違いない、メッセージでなく電話で連絡をしてくる点も引っかかり一体何の用があってのことだろう、などと色々な考えが巡った。

 

 

少し時間をおいてから、意を決して発信した。

 

 

 

「もしもし?元気?」

こんな口調で喋る人だったなあ、と思い出しつつ、こんな声だったっけ…などと考えながら話す。

昔の関係性の名残からか、彼のペースで質問責めを受けることに。

 

 

 

今住んでいる場所。

あまり明かしたくなかったが、仕方なく正直に答えた。

彼は遠く離れた地に住んでいるらしい。

 

 

仕事。

今聞かれたくない質問ナンバーワン。だから少し嘘をついた。

 

 

結婚。

彼に限らず、この質問を受ける時僕は大概「"もちろん"していない」と答える。

"もちろん"と強調するのはカミングアウトをする訳ではなく、結婚願望が全くないと予め土台を作っておく意図があってだ。

 

彼にもこのように返答すると、続けて「彼女は?」と訊かれたので、「居ませんよ」と答えた。

面倒なやり取りだと感じたから食い気味で答えてやった。

 

 

 

 

その後、会話は高校時代の話が展開していく。

 

 

思い出。

こんなことあったよね、と彼の口からエピソードがいくつも放たれるのだが、僕はほとんど憶えていなかった。

良い思い出だったら忘れていないのだろうが、不要な過去は捨て去りたいという念が届いているのだろうか。

どこに届いているのかは知らないけど。

 

 

そして、クラスメイトの現在について。

大学進学後、僕は一人を除いて誰とも連絡を取ってないし同窓会にも行ってないから何も知らない。

 

そもそも同窓会は行われているんだろうか?

まあ誘われても行かないんだけど。

参加して100万円貰えるんだとしたら考えてやる。

 

 

 

一方彼はというと、予想通り彼は多くの人の高校卒業後を知っているようだった。

 

ある人はどこの大学に行き、その後どこの企業に就職。

ある人は結婚して、参列した式で同じクラスメイトのあの人に偶然会った。

ある人は住んでいる地域は違うが、今でもたまに会っている。

 

さすが一軍だなと内心思ったが、卒業から10年以上経過した今現在のことは、最後の人を除いて誰も知らないという。

 

 

彼のようにコミュニケーション能力が高かったとしても、この年代になるとそういうものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

と、ここまでキャッチボールをしてきたが、この時の僕は明らかに当時とは異なる感触を得ていた。

 

 

 

 

それは、彼に対する僕の意識である。

 

昔の関係性だとクラスや男子内での決定権は一軍である彼であり、自由を好む僕は妨げるものにぶつからないよう一匹狼の如く高校生活を送っていた。

 

だから、彼に服従していた訳ではないのだが、どこか気を遣うところがあったのは紛れもない事実だ。

 

 

だが、久しぶりに話を繰り広げるうちに、何だか彼にはフラットに対応できると感じた。

 

彼の喋りからは威圧感や棘のようなものが消え、丸くなっていたからだ。

 

あくまで声や話し方の変化だけでの判断だが、その感触は間違っていないと確信できた。

 

 

 

 

 

この感触をその場で当人にぶつけてみた。

返ってきたのは「俺ももう"大人"なんだから。」という言葉だった。

 

 

 

彼からそんな言葉が発せられるなんて微塵も思ってなかった。

 

 

実は、高校時代の僕は彼に対して子供っぽいという印象を抱いていた。

すぐちょっかいを出すところ、気分屋なところ、常に感情が漏れ出ているところ。

 

 

驚きはあったが、ここまで会話を続けてきてその発言に納得できた。今の彼は確かに"大人"と言えるだろう。

 

 

 

そしてこの瞬間、彼には事実や胸の内を正直に話してもいいかな、とさえ思えた。

だから僕は、冒頭で少し嘘をついていた仕事に関しての話を切り出した。

 

嘘をついて話したことを謝り、4月にコロナで仕事を失ったこと、一からやり直している最中であることなどを明かした。

彼は静かに相槌を打っていたが、一通り話し終えるとまたも仰天の言葉が返ってきた。

 

 

「必要ならまた相談してよ!」

 

 

どうしちゃったんだよ…。

昔のお前はどこにいった?

30歳手前という年齢はどんな人間をもそう変えてしまう力があるのだろうか?

 

 

「ありがとう、その時はまたよろしく頼むよ。」と感謝し、電話を切った。

 

気付かぬうちに心の靄は晴れ、僕の口角は上がっていた。

 

 

 

 

 

「大人になる」。

なにかとよく目にも耳にもするこの言葉だが、様々な解釈が可能だ。

 

 

 

この一夜の体験から、彼からは凄く温かな気持ちを貰えた。

と同時に、精神的観点での"大人"にはなれていない気がして自分自身に新たな嫌悪感を抱くことになってしまった。

 

 

間もなく30代に突入するというのに、自分で自分がどうしようもない気分だ。

 

 

だが、時は戻らない。

 

 

スマートな"大人"を目指し、日々精進するために心を入れ替えてリスタートしよう、と誓うのだった。